秩父・城峰山 伝説と歴史の山を歩く
城峰山(じょうみねさん)
群馬県との県境に近く、秩父山地が関東平野に消えようとする中にありながら、なおも標高千メートルを保つ山。前から気になっていた山でしたが、2時間の車道歩きに敬遠していました。今回行ってみようと思います。
秩父鉄道・皆野駅
首都圏からのアクセスは、上野からJR高崎線で熊谷乗り換え。または池袋から東武東上線で寄居乗り換えです。
ここから皆野町営バス・日野沢行に乗ります。バス停は駅から2,3分歩いた所にあります。分からないかもしれないので、駅員さんに聞いてみるといいでしょう。
西門平バス停
スタート地点です。
しばらくは一般道歩きです。
諏訪神社
5分ほど歩いた所にあった小さな神社。
山道ではありませんでしたが、傾斜がありました。
ここから山道です。
関東ふれあいの道のようです。
林道と交錯します。
さらに山道を行きます。なかなかの傾斜でした。
送電線鉄塔です。
少し展望が開けます。
ベンチがありました。ありがたいです。
さらに続く山道。
何か分岐点のようです。
まき道との分岐でした。勿論これは使わず鐘掛城の方へ進みます。
標識が見えてきました。
鐘掛城 標高1003m
戦国時代の山城ですが、建物は残っていません。
この鐘掛城ですが、ガイドブックなどでは「鍵掛城」と表記されています。皆野町役場の人にも確認しましたが、標識のとおり「鐘掛~」が正しいようです。
雪が残っています。
城峰山に向かいましょう。
東屋が見えてきました。
石間峠
今日の山、結構、休憩場所がありますね。
さらに山道を行きます。
電波塔のようなものが出てきました。山頂に到着したようです。
城峰山 標高1037.72m
昔は石間ヶ岳という名前でしたが、秩父へ敗走した平将門がこの山に砦を築いたことから城峰山と呼ばれるようになったそうです。
山頂の神様です。
先程の電波塔は展望台にもなっていました。
山頂からの眺望です。今日の天気、朝方は曇っていて、すっきりした快晴ではありませんでしたが、360度の大展望です。
では下山しましょう。
振り向くと山頂が見えます。
何かが出てきました。
城峯神社
先述しましたが、城峰山は平将門ゆかりの山で、城峯神社には将門にまつわる伝説が色濃く残されています。
神社のすぐそばに城峰山キャンプ場がありました。
城峯神社に戻りましょう。
狛犬です。多分オオカミでしょう。
本堂です。参拝しましょう。
さすが将門伝説の神社だけあって、将門の名が掲げられています。
神社を後にして下山を続けます。
石間・吉田町方面に下山します。
この道は城峯神社の表参道なので、この通り丁目の標識が設置されています。
男衾・半納分岐
男衾登山口に向かいます。
屋根が見えます。下界のようです。
男衾登山口
ここからは車道歩きになります。ガイドブックによると、歩行2時間らしいです。これがイヤで、今まで敬遠してたんです。
傍らを水の音を聞きながら歩きます。
一丁目の標識。鳥居が見えます。
城峯山入口
城峯神社の一の鳥居というところでしょうね。
だけど‥‥‥、車道はまだまだ続きます。
沢戸という地区のようです。
休憩場所がありました。嬉しいですね。何しろ2時間の車道歩きです。こういう場所がないと辛い。ありがたいことです。
石間交流学習館
廃校となった小学校の建物を使った資料館。主として秩父事件の資料が展示されています。
時間があったので立ち寄ってもよかったのですが、毎日やっているわけではなく、入館は予約制なので、入れませんでした。
ちなみに「秩父事件」というのは、明治時代の松方デフレによって生活困窮した秩父地方の農民が秩父困民党を結成し、減税・借金据置などを要求、最終的には武装蜂起までしたという出来事です。
加藤織平の墓
学習館からひと歩きした所にありました。
加藤織平は秩父事件の中心人物の一人で、秩父困民党副総理でした。
‥‥‥で、車道が延々と続いています。😂
この長い車道歩きですが、先程の休憩場所があったことの他に、清潔な観光トイレが設置されていたのが良かったです。とくに加藤織平の墓の近くにあったトイレは洋式だったのでビックリしました。
バス通りに出てきました。長かった❗
バス通りへの出口に立つ城峯神社入口の石柱。
戦国時代の山城、平将門伝説、山麓は秩父事件の舞台。今日の山は伝説と歴史を巡る山旅でしたね。
万年橋バス停
ここから西武バス・西武秩父駅行に乗ります。ゴールです。
歩行時間4時間02分
閲覧ありがとうございました。コースタイム詳細はHPをご覧ください。
YAMAPの活動日記です。
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